臨床心理士の黒川由紀子先生の講演を拝聴した。はじめに先生は、「あなたはどんなときに過去を振り返りますか？」と問われた。そういえば私は、未来ばかり見てここまできた。昔を振り返るには若すぎるのかと思ったが、同い年の夫は、未来よりも過去について考えることの方が多いと言う。
過去の取り扱い方にはいろいろある。抑圧された過去を語ることで元気になるという心理療法は、フロイトの精神分析の基本だが、これだと「今の自分がこうなってしまったのは母親のせいだ」といった恨みが増す弊害もある。「犯人捜し」のための回想になってしまう。
そうではなく、母親にしてもらったことやしてあげたことを回想することで感謝の気持ちを思い出すという心理療法があるそうだ。一九六〇年代に米国の精神科医ロバート・バトラーが提唱した回想法だ。自分史を語ることで、うつ病や痴ほう症の症状も消えていくという。
過去を心のふるさととして再評価し、未来に生かす。いつか心の傷に耐えられなくなるときがきても、過去を変えられないことを嘆くのでなく、肯定的に回想できるような自己治癒力の高い老人になっていたい。
