SAILING POEMS

If you are good enough, someone will notice.

電通報2009/9/21 ロザリオ礼拝堂

日本がバブル全盛のころ、私はリュックを背負ってヨーロッパを縦断していた。見るものすべてが血となり肉となるような青春の旅だったはずだが、当時の記憶はぼやけてきている。ただ一つ、今でも変わらず鮮烈な印象が残っているのは、南仏の小さな村ヴァンスのロザリオ礼拝堂を訪れたことだ。

画家アンリ・マティスの芸術家人生の集大成である。床も壁も天井も真っ白。そこに切り絵がモチーフの大きなステンドグラスから3色の光が差し込む。息をのむほどの美しさだった。太陽の黄色、野菜の緑、地中海・空・聖母マリアを表す青。

3色しか使っていないステンドグラスは、世界中の教会を探してもほかにはないだろう。たった3色で、想いのすべてを表現し尽くすなんて。バカンス中のリッチな欧州人とすれ違うたびに“お金さえあれば”とぼやいていた自分など、小さ過ぎてどこかに吹き飛んでしまいそうだった。

以来、マティスの美意識は、人に自分の想いを伝えるときのお手本となった。言葉の数は少なくすること。ただし、一つ一つにその言葉を使う意味があること。そして、受け手をこちらに振り向かせる力があること。神業ではあるが、一歩でも近づきたい。