SAILING POEMS

If you are good enough, someone will notice.

電通報1997/4/28→週刊文春読むクスリ1997/9/4 左手の心

読むクスリ週刊文春19970904

右利きの人に左手で鉛筆を持ってスケッチさせると、利き手で描くよりも感興が湧くデッサンになるという話を聞き、実際にやってみた。すると左手が自分の意志と無関係に動くため、予定外の線が増え、意外な完成図になった。

日ごろ無意識に従っている慣習的な行為を見直してみる。これは、自分の中の固定観念を超えるトレーニングだ。優れた仕事をする広告人はみな、アイデアが出尽くしたとあきらめる前に習慣的な思考パターンを捨てて、“左手で描く”努力をしている。思わぬ所に潜んでいる知恵の存在を信じている。

“左手で描く”訓練は、身近なところから始められる。例えばいつもより一時間早く起きてみる。知らない街を歩いてみる。会話したことのない同僚に話しかけてみる。それだけでも、あたりまえだと思っていた日常が、おもしろみを帯びてくる。

私の職場にも左手で物を食べるように心がけている右利きの美食家がいる。食事中の気分は新鮮、味まで違って感じられるそうだ。自分の能力の限界を自分で決めてしまわずに、箸を左手に持ち変えてみる心意気を見習いたい。